【医療機器体験談】
拡張型心筋症手術の患者体験談
※上記写真はイメージです。
医師のリレーで生かされ、生きる
もともと私は糖尿病を持っていて、毎月1回かかりつけ医院で健診を受けていました。ところが7年前のこと、診察中に急に先生がそわそわ慌てだし、目をむいてこうおっしゃるのです。
「あなた、にやにや笑ってる場合じゃありません。今ここで死んでもおかしくない危険な状態なんですよ」
確かに両方の脚はゾウの脚みたいに太くむくんでいましたが、それほど痛むわけでもなく、全身に多少のむくみはあっても、息苦しさを感じたこともありません。だから、言われている私のほうも驚いてしまいました。
「すぐ専門医のいる病院で診てもらいましょう」
看護師さんが手配してくれた救急車に押し込まれ、向かった先はさいたま市立病院の循環器内科でした。そこで斉藤先生が下した診断結果は「不整脈・心不全」。胸の痛みや呼吸の苦しさも指摘され、3日分の利尿剤が処方されました。
意識を失って救急車で搬送
そして3日後の胸部X線撮影・心電図・検尿などの精密検査によって心臓の疾患がはっきりし、さらに同じ循環器内科の石川先生のところへ回されました。石川先生は「家で静かに暮らしながら、心不全の様子を見守ることにしましょう」と利尿剤のほか血圧をコントロールする薬を処方してくれました。
それから2、3カ月たった明け方、意識を失って救急車で病院に運ばれ、入院しました。不整脈も現れていて、失神状態が3日間も続いたのです。その後数日はCCU(冠疾患集中治療室)に移されて不整脈の管理が行われましたが、幸い後遺症はありませんでした。退院の時、慶應病院におられた佐藤俊明先生に紹介状を書いてくれました。
主人にせかされて訪ねた慶應病院でも追加の検査が行われ、佐藤先生から「拡張型心筋症」という病名をもらいました。
「慣れっこになって気づかないかも知れませんが、脚のむくみ以外に呼吸困難や動悸、不整脈、疲れやすさ、胸部圧迫感などもあるはずです。何しろ心臓が普通の人の5分の1ほどしか働いていません。このままでは、突然死にいたる可能性もあります」
確かに疲れやすさには参っていましたが、「年のせい」と観念していました。
「昔と違って今は、小さな器具を胸に植え込めば、長生きも望めますよ」
「先生、70歳にもなって心臓の手術なんて、しなくていいです!」
と即座にお断りしましたが、付き添ってきた主人がそばから口を挟みました。
「どうかお願いします。ぜひ植え込み手術をしてやってください」
私は前々から心臓手術は怖いものと思い込んでいたのです。でも、主人の強い意向と、佐藤先生の受け答えから、この先生にお任せすれば大丈夫と確信を持ち、お願いすることにしました。
息苦しさも むくみも消えて
佐藤先生に勧められたのは、「CRT‐D」(心臓再同期治療除細動器)という心臓の動きを補助する機械の植え込みでした。先生は丁寧に説明してくれましたが、私には難しいことは分かりません。でも、先生を信頼していたので、不安や心配はありませんでした。
2007年の手術の日は、自分で歩いて手術室に入り、帰りはストレッチャーに乗せられて病室に戻りましたが、意識はすぐ回復したようです。不快な感じはありませんでしたが、胸をなでたらアヒルの卵ぐらいの大きさの固まりが触れて、「ああ、ここに植え込まれているのだなあ」と手術の成功をかみしめました。
やがて、脚のむくみも引いていきましたが、2、3年たつと左脚だけがむくみ始め、食後には必ず横隔膜が痙攣(けいれん)して、しゃっくりが出るようになりました。そんな日常生活の詳細を主人が書き留め、次の定期検診の時に先生にお見せしました。すると先生は胸の外側から調整用の器具を使ってCRT-Dの微調整をしてくれて、しゃっくりもむくみも治まりました。
2回目の手術では、血管内にリード線が入らなくて、先生方は苦労なさっていたらしいです。途中で看護師さんが「先生たちがベストを尽くしてやっているから」と家族に情報を入れてくれたそうです。ようやく配線に成功したとき、手術チームが歓声を上げて喜んだと聞きました。
退院の日、先生が手を握ってくれて「いつまでもお元気でね。ちょっとでも変わったことが起こったら、日曜日だろうが深夜だろうが、すぐ連絡してください」と、声をかけてくれました。信頼できる佐藤先生にお会いできて私は命拾いをしたのです。よく「生かされて生きている」といいますが、本当だと思います。
定期検診に都内まで通うのは大変だろうと、佐藤先生の指示で薬はさいたま市立病院の石川先生に出してもらっています。感染症にかかると抗生物質が必要になりますが、私の場合、糖尿病や心臓病などの薬と相性が悪いのか、抗生物質の副作用が激しく出てしまうので、雑踏を避け風邪やケガにも気を配っています。先頃、車で南房総へ出かけました。新しい機種に替えてから、しゃっくりも息苦しさも、むくみも現れず、からだ全体が楽になりました。医療機器の進歩に心から感謝しています。
【担当医からのひとこと】 電気刺激を早めて収縮を均一化
心臓から送り出される血液量が減ると、息切れ・むくみ・動悸といった心不全の症状が現れます。心不全の治療には、まず原因となった病気を治し、生活習慣の改善や薬物療法が必要となります。それでも悪化する場合は、別の治療法を考えねばなりません。
心臓の収縮は、心臓の中を電気刺激が伝わることによって起こります。健康な心臓では、血液を送り出す効率が最も高くなるように電気刺激が順序よく伝わっていきますが、心臓に障害が起きると、心臓の一部に電気刺激が遅れて伝わることがあります。そこでは収縮も遅れるため心臓全体の収縮が不均一となり、血液をうまく送り出せなくなります。その場合、ペースメーカーで早期に刺激して心臓の収縮を均一にすれば、より多くの血液を送り出せます。このような心不全の治療方法を「心臓再同期療法」といいます。左心室自由壁側の収縮が遅れている場合、その近くに左室リードという電線を留置して刺激すれば、心臓が持っている収縮力を十分に引き出すことが可能です。ただし、自由壁側の収縮が遅れているとは限りません。また、その近くを刺激できないこともあります。一般に、心臓再同期療法の効果が十分に得られるのは、治療を受けた方々のうち60~70%といわれています。
花島さんは2007年、左脚ブロックを伴う慢性心不全を発症し、心臓再同期療法により症状は改善しました。しかし2012年、左室リード留置部位の心筋が収縮しにくくなり、再び息切れやむくみが出現しましたが、左室リードを新しい部位へ留置しなおしたところ、症状が改善しました。今は4カ月おきに外来でお会いしますが、「病院で先生方の顔をみると元気になる」という花島さんの言葉に、私達自身も励まされ支えられています。
CRT-D
心筋が充分な血液を送り出せない状態(心不全)への治療法として胸部に植え込まれる。左心室の動きの乱れを是正し整え心臓のポンプ機能を改善するほか、心臓の動きを常時監視し、不整脈を感知すると心臓に電気ショックを送って正常リズムに戻す除細動器の機能も備える。心調律の監視に伴い心臓の情報が本体に保存されるため、担当医が専用コンピュータで閲覧し、現在の治療状況を評価して最適な状態に変更することが可能。
「医療機器体験談」は一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会出版のエッセー集『出会えてよかった』第1集および第3集より引用しています。