【医療機器体験談】
ヘルニア手術の患者体験談
※上記写真はイメージです。
学生時代の脚の痛みが再発
大学のサークルでサッカーを楽しんでいたころ、右脚にしびれが出たことがあります。走っているときは気になりませんが、ゆっくり歩くと痛み始めます。近くの整形外科医院で「椎間板ヘルニアでしょうね」と言われましたが、特に治療もせず、様子を見ているうちに忘れ去ってしまいました。
それから10年余りたった2012年秋ごろ、久しぶりに脚のしびれに見舞われました。右脚の太ももの裏側からお尻にかけて、今度はピリピリとしびれ痛むようになったのです。座っていれば何ともないのに、長く立っていたり長時間歩くと、しだいにズキズキした痛みに変わってきます。
椎間板に針を刺し、髄核を吸い出す
かつて腰の椎間板ヘルニアが原因だろうと言われたのを思い出し、きっと同じような症状が再発したのだろうと考えました。以前はいつの間にか自然に治まってしまったので、「様子を見ているうちに消えていくかも」と期待したのですが、今度はそうは行きませんでした。
実は私はその年の夏ごろ、大阪に拠点を置く会社に転職して、奈良や山陰地方の営業を担当することになりました。1日3、4時間ほど車を運転してあちこち走り回る仕事が影響したのか、軽かった右脚のしびれが痛みに変わっていきました。
ただ座ったままの運転姿勢では長時間でも平気なのですが、立ち上がって歩き出すと、しびれや痛みが強まってくるのです。初めのころは痛みが出始めるのが歩き出して1時間ぐらいでしたが、それがどんどん短くなって、もう5分も立っておられなくなってしまったのです。
そこで京都の大手病院の整形外科を訪ねたのですが、たまたま脊椎の専門医がおられない日で、「たぶん椎間板ヘルニアでしょう」と言われたものの、精密検査も受けられず、普通の痛み止めをもらって帰りました。しかし痛み止めの内服薬ぐらいでは治る気配はありません。
痛みとしびれがきつ過ぎるので2013年4月、以前からお知り合いの小泉徹先生を受診することにしました。その京都脊椎脊髄外科・眼科病院(京都市南区)はたまたま新装開設の直後でしたが、先生が撮ってくれたMRI画像には、腰椎の椎間板ヘルニアがはっきりと映し出されていました。
椎間板ヘルニアは安静に保っていれば自然治癒に向かう場合もあるので、とりあえずは別の種類の痛み止めを試すことになりました。しかし強めの痛み止めでも、痛みは強まるばかり。先生はここで、次の治療法を提案されたのです。
「あの髄核吸引プローブを試してみますか」
「ぜひ、よろしくお願いします」
私は職業柄、アルキメデスポンプの原理を用いて椎間板の内部を吸引する医療機器「髄核吸引プローブ」のことはよく知っていました。実は、以前に勤めていた会社が整形外科の器材を扱っていたからです。またこれを使って行う「経皮的椎間板髄核摘出術」の小泉先生の腕の確かさにほれ込んで、信頼していたのです。さらにこの手術ならば、新しく入ったばかりの会社をほとんど休む必要もありません。
15分で完了、30分後に歩ける
手術を受けたのは2013年の4月。手術室のベッドにうつ伏せの姿勢で横たわると、まず背中に局所麻酔の注射を受けました。それから先生はX線透視像を顕微鏡で見ながら、ヘルニア(逸脱)を起こした腰椎の椎間板に向かって直径約1.5ミリの針を背中の皮膚を通して挿入されました。
この手術の様子は、これまで何回か見学させてもらっていたので、先生がいま何をしておられるのか想像がつきます。針の先端が椎間板の髄核に達したらしく、電気ひげそり器に似た「びーっ」という音が断続的に鳴ります。椎間板の中身である髄核を吸い出している音なのです。これが2、3分で終わると、ゆっくりと針が抜かれます。
背中に針を刺してから抜くまで、合わせて15分もかかっていません。背中の傷は針を刺した穴だけで、消毒をして絆創膏を貼ったら手術完了となります。手術後30分ほど安静にしたあとは、起き上がってトイレにも行けます。手術時間も術後の回復時間も短いのがこの治療法の特徴なのです。
通常、手術の当日は1泊だけ入院することになっていますが、出来るだけ早く復帰したかったので、私は夕方には自宅に帰りました。結局、会社を休んだのは手術を受けた金曜日だけで、次の月曜日から正規の仕事に戻りました。
でも、これで太ももの痛みがゼロになったわけではありません。この手術は髄核の中央部をいくらか吸い取るだけで、外側にはみ出して脚へ行く神経を圧迫していた部分が、髄核の中央部へ向かって戻るのを待たねばならないのです。私の場合は術後1週間頃から症状が改善し始め、約2カ月後には完全に痛みが消えました。
それにしても自分が扱っていた手術器材が自分の体内に入るというのは、やはり不思議な感じがします。後から見せてもらったら、器械の中に私の椎間板髄核の切れ端が少量たまっていました。なお、髄核吸引プローブは使い捨て器具で、患者さんごとに新しいものが使われます。
秋口まで月1回、先生に診てもらいましたが、最後の先生のお言葉は、
「症状の兆候が見えたときは、無理をせずにうまく付き合って暮らしなさい」
要するに、「激しい運動や重量物を持つときは無理をするな」という意味だと思います。今はむしろ運動不足気味なので、住まいに近いびわ湖の湖岸を走り回ろうと、サイクリング用自転車を買いました。
【担当医からのひとこと】 アスリートなど若年層に著効
S.S.さんは35歳で「経皮的椎間板髄核摘出術」を受けられました。この治療法は高齢者ではなく、年齢の若い人に非常に有効です。私の手術例で一番若い人が13歳。最も効果が大きいのは20~30代で、40代ぐらいまでを若年と考えています。
実は椎間板髄核の軟らかさは年代によって大きく変わるのです。MRI画像を見ると、若年層の髄核は水分を多く含んで軟らかく、白く写りますが、加齢とともに硬くなって黒みを帯びてきます。若くてもヘルニアだと黒ずみ、高齢者では真っ黒に変わります(T2強調画像)。
椎間板髄核摘出術は、椎間板の髄核に針を穿刺(せんし)して、その一部を髄核吸引プローブで吸引除去する手術ですが、せっかく髄核を吸引除去しても、硬くなった髄核のヘルニアだと縮みにくく、なかなか中心へ戻って行こうとしません。つまり、この治療法は若者向きなのです。
この治療法が特に有効なのはスポーツ選手です。日ごろ腰や腹筋・背筋を鍛えている一流アスリートほど経過がよく、治療後1週間で試合に出る選手もいます。大がかりな手術を受けると長期のリハビリが要求されますが、背中に直径1.5ミリほどの針を刺すだけで、手術自体が15分ほどで終了しますから、体に与える負担はごく軽く、術後の回復時間も短いのです。
手術後30分ほど安静にしていれば、起き上がってトイレにも行けますが、念のための入院は1泊2日。リハビリプログラムは、重たいものを持たないこと、3日間は連続して30分以上の立位は禁止です。多くの例では約1週間後に効果が現れます。
経皮的椎間板髄核摘出術用プローブ
局所麻酔を行い、Ⅹ線透視下でガイド針を装着した直径1.5ミリの筒を刺入。目的部位に到達したあと、らせん状のプローブを挿入・自動回転させ、1~2分間髄核の吸引除去を行う。椎間板内圧とその周囲の減圧が得られることにより、腰痛や神経根症状の緩和が期待できる。4~5ミリの筒を通して鉗子などで髄核を摘出する従来の観血的ヘルニア摘出術より傷が小さく、術後の回復時間も短縮できる。
「医療機器体験談」は一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会出版のエッセー集『出会えてよかった』第1集および第3集より引用しています。